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2009年5月

裁判員制度

例えば社会の指導をする場合、データがいろいろ変わるので知識の更新は不可欠です。各地域の人口、漁港の漁獲量、農産物の収穫高、工業地帯や地域の生産額などなど…。去年やったこともすべて最新のデータでおさらいしないといけません。

歴史はあまり変わりません (また捏造事件でもない限り) が、公民分野は法律が変わります。「裁判員制度」などが増えますから。

「裁判員制度」を指導する場合、やはりいろいろな資料を読みます。そうすると制度として、おかしいのでは?と思えるところがありますね。もちろん学習塾の指導としては、現行の仕組みをしっかりやればいいのです。余計なことは説明しません。審理に3日程度は短すぎるのでは?なんだか片手間ではないですか。ほかにもいろいろ疑問があります。しばらくわたしは、この制度についていろいろ読んで考えたいですね。

ちょっと思いついたのですが、宮澤賢治の「どんぐりと山猫」という童話は、裁判員制度を先取りしていますね。一郎くん (確かそういう名前。今手元に本がありません。) に葉書が山猫から来て、つまらないことで争うどんぐりたちに判決を下してくれ、という話ですから。一郎くんは鮮やかな判決を言います。現実の「裁判員制度」はなかなか難しいですね。

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本が好き

わたしは民間の教育産業である教室 (塾) を経営しているわけですから、授業以外にさまざまなやるべきことことがあります。この時期は決算などです。経営関係は細部まできっちりやらなければなりません。時期によって雑事が増えます。これは何を経営していても同じですね。

雑事が多いときは、当然自宅に仕事を持ち帰って処理します。休みの日も経理の作業などがあります。このところ雑事が多くて大変なのですが、昨日は村上春樹の「1Q84」が出ましたので、購入して読み始めてしまいました。仕事が残っているのに。しかし、さすがにこの人の書くものはうまい。うむ、おもしろい。まさか初めから殺し屋が出てくるとは…

子どもを読書好きにさせることは正しいことです。しかし読書にも中毒性がある。わたしのように受験の時期に、文学の深部の触れてしまい抜け出せなくなると、受験生としては問題ですね。

今もまだわたしは本については自己管理が甘いようです。

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先生との相性

学校の担任との相性がよくない…という相談がたまに寄せられます。相性については、人間と人間との関係ですから、よくないこともあるでしょう。相性はまだしも、教える力がない先生だと本当に困ります。わたしは以前小学校の授業を見学して、かなり簡単な質問(社会について)に答えられなかった場面を見たことがあります。なんでそんなこと知らないの?と思いました。

評判のよくない公立校に入学するときに、校長先生に面会を求めて、無能な担任のクラスにしないで欲しいと直接頼んだ人の例を知っています。そうすると学校も考慮するようで、その学校の中ではベテランの先生のクラスになったとか。そういう事前の方法もあるのですね。

相性がよくないといっても、全くだめな先生というのは少ないと思います。例えばその先生の良いい面、良くない面を箇条書きにして、良い面からはいろいろと吸収して、良くない面は別の方法で補う…などの具体的な作戦を考えることです。もし良い面がなかったら、他の生徒保護者にも意見を聞くなど、別の手順を考えなければいけません。

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いつも確認する

学習塾での先生と生徒は、コーチとスポーツ選手の関係と似ています。試合に出るのは選手です。コーチがかわりに試合にでることはできません。いいコーチは、選手が試合で負けた場合に、中途半端な状態で試合に出させてしまった自分を悔いるそうです。

熱心に教えても、生徒がやる気にならないと結果はでません。結果がでないと教える側の責任になります。この子はどうやったらがんばれるか、いろいろな工夫が必要です。テストでいい点が取れなかったときに、「教えたことがなんでできないの?」と生徒を責めてはいけません。まずは教え方で足りなかった点があったがどうか考えるべきです。

大切なのは「どう教えたか」ではなくて「どう伝わった」ですね。教えたつもりになっていても、生徒の心に残ってないとなんにもなりません。確認が大事です。授業の最初の数分間は、前回の確認をする。「この前こんなことやったよね。ちゃんと覚えてる?」ということから、確認テストまでいろいろな形で理解度を確かめます。理解していなければ別の言葉で説明します。説明する場合も、いろいろな言葉やたとえをもっているのが重要です。

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塾の退会理由

わたしの教室では、生徒の在籍が長い。小学生から中学受験を経て、高校卒業まで3生まで通って来ている生徒もよくいます。

学習塾は当然、生徒が入って来たりやめたりということが通常です。わたしの教室も退会していく生徒がときどきいます。そういうときは、せっかく縁があって来てくれたのに残念な気持ちがいっぱいです。しっかりと退会の理由を聞いて、今後に活かさないといけません。もしこちらに何かの落ち度があれば、猛省しなくてはいけません。

多い理由としては、部活が忙しくて時間がなくなり、体力的にもきついというものです。こういう場合には試験前だけ来られるような仕組みを考えます。すると試験前の1週間だけ授業を受けに来ます。

成績も上がったし、自分で勉強をやれるようになったという場合もあります。これは目的をほぼ達成しての退会ということになります。

ご家庭の事情が変わったことによる退会もあります。これは仕方のないことです。こちらではどうしょうもない。

ただしこういうことがありました。以前中学受験を前に、お父様が重大なご病気で入院され、月謝が払えないという理由で塾をやめるという生徒がいました。この場合は「そうですか」で終わらせるわけにはいかない。「もし受験なさるのでしたら、当面月謝は結構ですから続けて通わせてください。月謝はお父様が元気になられてから、そのときに考えましょう。」と、お母様に言いました。結局そのまま授業を継続して、希望する中学に合格しました。お父様もその後元気になられました。

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文学的素養

脳科学者の茂木健一郎さんの小説「プロセス・アイ」を昨日読ました。一昨年購入していたのですが、そのまま書庫に置きっぱなしにしていたのです。昨日引っ張り出しました。

その中に、大学教授が学生にこう語る台詞があります。「君が、将来天文学者になりたいのは知っている。だが、自分の専門ばかりやっているとバカになるぞ。特に人生においていろいろな場面に遭遇した時、知恵を与えてくれるのは、文学的素養だ。 … 人生でこんなこともある、あんなこともあり得る、そういう時に、こう考える、こう行動する、こういう可能性もある、それを描くのが文学だ。文学を知ることは、筋力や財力よりも素晴らしい力になるんだよ。」 いい台詞です。確かに読書はいろいろな局面で人生を助けてくれます。わたしも実感しています。

また「数学なんてやってても人生で使わねえよ。やる意味ないじゃん。」という中高生がよくいますね。確かに学校を出てから全く数学に触れない人も多いでしょう。加減乗除くらいで日常生活は困らないかもしれません。しかし数学がなければ、飛行機も飛ばないし、ケータイもパソコンも動かない。科学技術は進まない。数学を使わない人にも、それらは必要なはず。そういうことを考えると、数学が苦手でも、リスペクトする気持ちがあってもいいですね。

理系の人に中には「オレは小説なんて一切読まないよ」という人もいるでしょう。もしその人が「だからこの世に小説なんて必要ないよ」と言ったら、「いやそれは違うよ」ということになります。自分の専門や関係すること以外のものについても、関心を持ち、存在する意味を考える。そういう余裕があったほうが生きていて楽しいものです。

この「プロセス・アイ」には、夏目漱石、安部公房、スタニスラフ・レム、源氏物語やAI、金融工学、日本の近代史など、ストーリーの周辺にさまざまな小道具が散りばめられていて楽しいものでした。まさに余裕のある作品です。

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勉強しなさい

「勉強しなさい」と親から言われるのが嫌だと、子どもたちはよく言います。特にそろそろ勉強しようかなって思っている時に、そう言われるとやる気がなくなると。

気持ちはわかります。でも、大人だって働かない人がいたら、周りから「おまえ働けよ」って言われますよね。子どもでも大人でも、必要な役割を果たさないとけません。ほとんどの子どもたちは、やらなきゃいけないとわかってはいますが、なかなか行動に移せないのですね。

子どもたちにいろいろな話をします。「面倒な勉強をやりたいない気持ちはわかる。そりゃゲームをやっているほうが楽しい。大人だって嫌なことはなるべくやりたくない。でも好きなことしかやらなかったら、子どもだろうが、大人だろうが生きていけない。きみのお父さんだって、嫌な仕事をすべて断っていたら会社をクビになってしまうだろう。いつも勉強しなさいと言われて、嫌な気持ちでやるより、言われる前にやってしまったほうが気分はいいはずだ。だからどういうやり方から自分からできるか、何からなら始められるか、ということを一緒に考えて見い出していこう。」 この前も中学生に、こんなことを話ました。話すことは年齢や状況によって異なってきます。

スイッチが切り替わったように、すぐに自分から勉強するようになるということはなかなかありません。少しやり始めたり、またやらなくなったりです。根気よく何回でも話をしていくことですね。

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今年は中3が多い

わたしの教室では定員を50名程度としています。その中で今年は中3が多いです。どの学年が多いかということは毎年替わります。去年の受験は大学受験が中心でした。その前は中学受験。今年は高校受験の生徒が多いです。全員が第一志望に合格するようにしないといけません。

高校受験に限ったことではありませんが、受験生を預かるということは、ただ勉強を教える…ということだけではないです。受験に向けての気分を盛り上げる(つまりやる気にさせる)、学校での成績向上をしっかり管理する、志望校を絞りこむように情報を提供する…などなどです。

まだ大切な役割があります。「愚痴を聞くこと」です。受験生はストレスがたまります。受験への不安、親御さんへの不満など、いろいろ聞いて発散させるようにしないといけません。愚痴を言える、ということは、前提としてある程度の信頼関係が必要です。まずなるべく早くそのあたりをしっかりする必要があります。

やることをあげるときりがありませんね。きちっとやっていきたいですね。

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情報量

大手学習塾と小規模の塾では、情報量に差があるのではないか…とお考えになる場合があるようです。その気持ちはわかります。確かに大手の予備校(大学受験)には、受験情報の生き字引みたいな人がときどきいます。よくそんなことまで覚えてますねえという感じのする担当者がいますね。

ただし受験の場合に、本当の情報戦というものは情報の量ではありません。使い方です。

例えばどうしてもK大学に入りたい生徒がいたとします。本人の学力の特徴と、K大学各学部の問題傾向と照らし合わせます。また倍率やさまざまな条件を考慮して、合格可能性の一番高い学部を想定します。そしてその学部の問題を解けるようにするために、傾向に応じたカリキュラム作りをおこないます。また他の大学も受ける場合は、同じような勉強方法で対応できるところを探す。なるべく無駄を省く。

受験情報というのは一般的なデータですから、それを個人の勉強方法まで有効な形で落とす。そういう作業が大切です。たくさん情報や資料がそろっているというだけでは意味があまりないですね。

また中学受験の場合では、塾向け説明会に必ず行かなくてはいけません。するとその場でしか発表されない情報を得ることができます。主に今年の出題傾向です。これは入試案内には出ていません。またその学校の入試担当の先生と名刺を交換してきて、その後もいろいろと質問しやすいようにしておく。私立中学はシステムがさまざまです。塾推薦のようなかたちもある。複数回受験すれば、少し得点をプラスしてくれる学校もあります。そういうように自ら集めた情報を、生徒たちの勉強方針に反映させることになります。

確かに小規模の塾で、情報の使い方が?というところもあります。塾を決めるときに、受験情報の使い方を、よく尋ねておくとよいでしょう。

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塾を選ぶ

塾は選ぶポイントは?と知り合いによく聞かれます。

いろいろあるいでしょうが、消費者として厳しい目で見極めることですね。大手有名塾にするのか、個人経営のところにするか、一長一短があります。

合格実績のある大手塾でも、任せて安心というわけにはいきません。たくさん教室を持っている塾では、どこの教室も授業の質が均一であるということではありません。かなりバラツキがあります。人がやっていることなので当然です。また大手塾はターミナル駅にある教室に実力がある教師を配置する傾向があります。

個人塾でも、しっかりとした指導でかなり面倒見がよいところもあれば、学生アルバイト(つまり素人)に任せっきりのところもあります。塾長が教えている科目はわかりやすいが、そうではない科目はダメだったり…ということもあります。

入塾を決めるときに、いろいろ質問してみることです。「もししばらく通っても成績が伸びなければどのような対処をしてくださるのですか?」と聞いてみてください。こう聞かれて、すぐに明確な返事ができなければ、そこはダメだと思います。

どの子も予定通りに伸びるわけではありまん。しかしなかなか成績が上がらない理由を、復習をしないとか、宿題をやらないとか、生徒のせいにして終わらせてしまうところは避けることです。

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暗記が苦手

暗記が苦手だという生徒は多いです。いい方法はないか…とよく聞かれます。語呂合わせで覚えやすくする工夫はありますが、基本は反復練習ですね。繰り返し練習することです。心理学の本には、一般的に覚えたことは翌日には半分以下になっているということが書いてあります。また海馬の記憶の保管期間は約一月だそうです。ということは一月以内に復習しないと消えてしまうのですね。そういうものだとあきらめて何回もやりましょう。

ずいぶん前のことですが、NHKの番組で、脳の病気で記憶が10分くらいしか保てない女性(アメリカ人)の生活を特集していました。買い物に行くと、歩いているうちに自分がどこに何をしにいこうとしているのか忘れてしまう。知り合いとレストランで食事をしていると、トイレに行って出てきたら、誰とここに来たのか、どこの席に座っていたのか、わからなくなってしまう。でもその人は銀行で働いているのです。どうやって仕事をしているのかというと、机の前のボードに、膨大な量のメモ貼っています。自分が覚えている数分のうちに書き留めておけば、大丈夫なのですね。普通に仕事をするために、ものすごい努力をしているのでしょう。こんな人もいるのですね。

これも何かの番組で見ましたが、俳優の仲代達也さんが年をとって台詞が覚えられなくなり、なかなか舞台での仕事が厳しくなってきました。稽古でも台詞が出でこない。そこで紙に自分の台詞を書いて、自宅の壁中に貼り付ける。四六時中それを見ることによってなんとか覚える。

生徒たちは、このように脳の病気でも、年をとっている訳ではないのですから、暗記が苦手などと言ってはいけませんねえ。単語を何回か書いたくらいですぐに覚えられれば楽です。そうは簡単にはいかないので、いろいろな工夫をしていくことです。われわれもいろいろなアドバイスをしますが、友達や先輩など身近な人からも、どんなやり方で覚えているかを積極的に聞いてみることです。そうして探していく過程で、自分にあった方法が見つかってきます。

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塾の役割

学習塾の場合は、週何回授業をして授業料 (月謝) がいくら…というような設定になっています。ですから学習塾の授業は、「商品」ということになります。一般の業種では「商品」をお客様にわたせば、役割は終わります。もちろん「商品」の質は高いものでないと、満足していただけません。

学習塾には「商品」を提供してそれで終わりではなく、その先があります。つまり「成績が上がる」「入試に合格する」という結果を出さなければいけません。いくら質の高い「商品」 (授業) を提供しているつもりでも、生徒の学力が向上しないと満足していただけません。当たり前のことです。

「こちらはしっかりとした指導をしたわけだから、結果が出ないのは復習をさぼったり、宿題をやってこなかったりする生徒に原因がある」とする塾もあるでしょう。そうわりきって考えると楽ですね。

わたしの教室での「指導」というものは、授業だけではありません。日々生徒たちがどう宿題や復習をするか、徹底して関わります。学校の宿題を出しているかどうかまでチェックします。学校の宿題を出してないと成績が上がらず、結局結果が出せないからです。もちろん補習などもしっかりとおこないます。そういういろいろなことを含めてを、「指導」と考えます。

生徒たちの内面や日常に深くかかわる覚悟でないと、よい結果はなかなか得られません。

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質問もいろいろ

公立中学生は試験期間です。当然に生徒たちは質問をたくさんします。しかし質問といっても、「この英文は、なぜ進行形でなければいけないのかわからない」などという良い質問から、「12(トゥエルブ)のスペールってなんだっけ?」というレベルの低いものまで、さまざまです。自分で簡単に調べられることまで、すべて先生に聞くということでは進歩しません。調べても考えてもよくわからないということを質問するべきですね。

年号や漢字を聞いてくることもあります。「壬申の乱て何年?」とか。「よこしま(邪)って漢字どう書くの?」 わたしは言いますね。「おいおい、わたしは年表や電子辞書じゃないぞ。自分で教科書や辞書を開けばすぐわかるようなことをいちいち聞いてくるのはよくない。それでは自分で時計を持っているのに、わたしに今何時ですか?と聞くようなものではないか!」

よい成績を取る子の質問はレベルが高いですね。単語のスペルや漢字などは聞いてきません。例えばこの英文では「began」が答だが、「started」でもいいのか。「weren't any」とあるが「were no」 じゃだめなのか、などです。また平泉を訪れた時の芭蕉の心情についてなども。

質問のレベルを上げるように指導して、学力を底上げすることにつなげたいです。

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やる気の引き出し方

勉強はやれば誰でも成績が向上します。もちろん一人ひとりに能力の差があります。同じような努力でも得られる結果には子どもによって巾がでますが、結果が出ないということはまずありません。必ずよくなっているところは見いだせます。やるかやらないかです。まずその気になってもらわないといけません。

やる気を引き出す場合に、「将来に役立つ」とか「自分のため」という説得ではなかなか通じないですね。よく言われるような表現ではなく、工夫したさまざまな言葉と、そして行動でも示すことです。根気よく続けなければいけません。

行動で示すことは、本気の度合いをどれだけ示せるかということです。人が本気で動くと、周囲に気持ちが伝染します。学習塾の場で言えば、この先生は真剣に向かい合っているという空気が、生徒に伝染していくようにすることが大切です。

過去に小6の生徒のお母様に言われました。「あの先生は僕を合格させようと本気でやってるのがわかるよ。だから僕がんばるよ。うちの息子がそう言ってました。ありがとうございます。」 不思議なことに、生徒にそう思ってもらおうと意図を持って接してもダメなのですね。知らず知らずにこちらが没頭し真剣になっていると、伝わっていくものがあります。

すべてのことがそうなのかも知れませんが、人は利己的になっているうちは周囲にいい影響を与えられない。利他的の境地になることが重要です。

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季語と季節

中間試験で「奥の細道」が国語の試験範囲になっている場合、俳句の知識が当然出題されます。季語や切れ字など独特のものが出てきます。これは難しいですが、しっかり勉強すれば得点が確実に取れる範囲です。やりがいはあります。

季語というものはおもしろい。有名な「荒海や佐渡に横たふ天の河」。季語は「天の河」で季節は秋。入試でも出ます。「なんで秋なんですか?夏じゃないんですか?」と生徒たちは思います。俳句が成立したときは、旧暦の時代です。ですから「文月」(7月)と句の中に出てきても、季節は秋。「七夕」と出てきても秋です。現在と季節感がずれます。

季語は今も増えています。では季語は誰が決めるのか?わたしも俳句の世界はあまり深くは知りません。例えば「日本季語認定協会」みたいなものがあって、年に一回会合を開き、「今年はこれとこれとを季語として加えようじゃないか」なんて話し合うのか、というとそういうことではありません。みんなが使い始めたら、次第に季語として定着するという感じのようです。ですから歳時記によって違いがあるようです。周辺の境界線は曖昧なのですね。

季節感が希薄になった今、季語を調べると、伝統的な季節感を感じることができます。こういうものはわたしは好きです。歳時記を開いていると楽しくなります。季節風に影響されて形成されてきた日本人の微細な感覚を知ることかできます。

また季語ではないですが、手紙を書くときに用いる「時候の挨拶」もいいですね。「時候の挨拶」の文例の中にも季節感が埋まっています。見ていると誰かに手紙が書きたくなる。こういうものも教科書で取り上げてほしいものです。

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限界を超えよう

今週は公立中学の中間試験です。中3生には重要な試験です。

中3生は、わたしの教室で4~5時間勉強します。そして帰宅してさらに1~2時間がんばれるか…ということが「分かれ道」です。自分の限界を決めてしまい「もうできない」と思ってすぐ寝るか、「いやもう少しやってみよう」と思えるか。そこで結果に差がつきます。伸びるためには無理が必要です。

授業が終わって帰るときに生徒たちに言います。「いいかい。半年後の自分を想像しなさい。2種類の未来が準備されている。目標の成績がとれて、希望の都立上位校が受けられて喜んでいる自分の姿と、結局成績があまり伸びず、志望校をあきらめて落ち込んでいる自分の姿と、どっちがいい?よい未来を選ぶためには今日できることをやる。つまり今から帰って、もう少しやるんだよ。」 今までの自分よりがんばれるかどうかが「分かれ道」ですね。人生にはさまざまな局面において「分かれ道」が存在します。

ずっと前にボディビルの世界一を決める「ミスターオリンピア」に臨む選手の練習風景をビデオで見たことがあります。それぞれの選手の限界に応じてトレーニングのメニューが決められていました。しかし例えば200kgのバーベルを50回持ち上げるメニューがある場合、傍らについているコーチは、選手が必死の形相で50回持ち上げ終わろうとするときに、「あと5回!もうちょっとやれ!」と言って回数を増やします。 そうやって限界を超えさせると強くなるのですね。それができる選手とできない選手がいます。できる選手がやはり生き残っていきます。

人生の勝負はいろいろですが、受験生には勉強がすべてです。勉強は今までの自分との勝負ですね。

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小1プロブレム

先生の話を聞かない、おしゃべりをする、勝手に席を立って歩きまわる。小学校に入ったばかりの児童にはそういう子が多いと以前から聞いていました。この現象に「小1プロブレム」という名前がついていたのですね。新聞を読んで知りました。

学級崩壊のクラスにいたために、勉強の習慣がつかず、基礎学力も弱いという生徒がいます。そういう相談がよくよせられます。学級崩壊にはさまざまな原因がありますが、この「小1プロブレム」の場合は、家庭のつしけと幼稚園・保育園などでの対応に問題があるのでしょう。

ベテランの保母さんから聞いた話です。「遊びで幼児が電話をかけるしぐさをするときに、昔は電話を持つポーズをしたら、その場を動かずに話していました。今の子たちは電話を持つしぐさとすると同時に歩き回るんですよ。お母さんたちが歩きながら携帯電話で話している様子を見ているからですね。」

歩きながら電話をするのはいいですが、それだけ親の行動は子どもに影響を与えるのですね。小さな子どもたちは、ものごとを吸収する力がものすごい。親のどこを見ているかわかりません。

親が日常の行動の手本を子どもに示すということは、簡単なことではありません。完璧にこなせる親はいません。こういう姿だけは見せないようにしようとか、あいさつだけはいい手本をみせようとか、何か規範を決めて、できる範囲でがんばればいいのではないでしょうか。

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よそ様の「授業」を聴く

時にはよそ様の「授業」を聴くということも必要です。

よそ様の授業とは、例えばカルチャーセンターの「おいしい紅茶の入れ方」でも、「株取引の講座」でも、何でもいいわけです。説明される側に身を置くと、いろいろなことに気がつき、プラスになりますね。わたしはときどき参加します。

うまい教え方の人は、声の出し方がいい。声にハリがあると聞いていて気持ちがいい。また姿勢がよく笑顔がいいと、惹きつけられます。教える講師が、高齢の方(おじいちゃん)でも、声、姿勢、笑顔がしっかりしていると、実にさわやかな雰囲気が感じられます。

また笑いをとって聴いている側をリラックスさせることも、本当に大切なことです。説明ばかりされていても、途中で飽きてしまいます。話を脱線させることも無駄ではないのですね。いいタイミングで冗談を言える…こういうことは、その場の思いつきだけではできません。しっかりと講義の構成を考え、準備をしてくるのでしょう。

塾や予備校の講師の場合、今日はこの内容を教えなければならない、という予定は当然決まっています。しかし教わる側の立場を忘れないようにしないと、予定は終わったが、生徒たちにはあまり伝わっていない…ということになってします。印象に残るように、興味をもって話を聞けるように、そういう準備を入念にすること。

そういうことは、よそ様の「授業」にヒントはたくさんありますね。

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覚える工夫

記憶というものは不思議なものです。先日路上を歩いていたら、中学校の同級生にとても似ている人(本人だったかも)を見かけました。その刹那、その友達と遊んだときの数々の思い出が鮮やかに蘇りました。もう何十年も思い出してないことなのに。でも身近な人やものの名前が、なかなか出てこないことが頻繁にあります。このようなもの忘れは、中高年になって記憶した情報を出力させる能力が衰えていくことが原因だそうです。

もの忘れについて、脳の老化現象だから仕方がない、みんなもそうなんだから、とあきらめてしまうか、なんとか抵抗して記憶力を保ちたいとがんばるか。人それぞれだと思います。わたしは後者のほうですね。がんばりたいです。

この時期、わたしの教室に通ってきている中学生は、みなそれぞれ「奥の細道」の「月日は…」を暗記する、不規則変化の動詞を覚える、など学校から課題が出ています。テストがありますから一生懸命覚えています。

そういう様子を見ていると、ではわたしも「奥の細道」を生徒たちと同時に覚えてみよう。冒頭はさすがに覚えているから「銀河の序」でもやってみよう。でも覚えられなかったら恥ずかしいから内緒でこっそりやろう。などという気持ちになります。

また中学1年は初めての中間試験で、英単語をがんばって覚えています。まだこつをつかんでいないので、なかなか覚えられない子もいます。でも工夫しています。例えばumbrellaが覚えられないと「umb と rella で別々に覚えてみようかな」など。健気ですね。頭をなでてあげたくなります。

わたしも負けずに、わたしの年齢なりに工夫して、覚える力を少しでも向上させるようにがんばります。そうしていると何か覚え方の新たなヒントを生徒たちに与えてあげられるかも。そうなるといいですね。

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雨が続きます

連日雨が降っています。暦では立夏。わたしの持っている暦には「蛙が鳴き始める頃」と出でいます。昨日は自宅のとなりの空地に蛙がいるのを見ました。多くの蛙はもうこの時期に繁殖を始めると本に書いてありますが、荻窪の住宅地でどのようにしておたまじゃくしが育つのか不思議ですね。

連休は教室を休んでいました。わたしの教室では祝祭日を休んでいます。専任講師だけで授業をまわしていると、休みが少なくなっていきます。ついつい補習をやるからです。自分の報酬とは無関係に、休みでも指導しがちになります。オーバーワークになります。だから原則として暦通りに休むようにしています。(入試が近づいてくると結局やってしまいますが…)

学生アルバイトの先生などで、日曜祭日も授業をするやり方もあります。しかし授業の質が落ちます。だからそういうやり方はやめています。過去に拡大路線を進んだこともありました。200名を超える生徒たちをかかえ、5ヶ所の教室でやっていました。20人くらいの先生がいましたが、授業の質を保つのが大変でした。今は少子化ということもあり、1ヶ所のみでやっています。プロの名に恥じない指導が行き届くようにしたいからです。

本日から中間試験対策です。各生徒についての指導方針は決まっています。徹底して手際のよい指導をおこないたいです。

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能力に応じた指導

指導をしていると、「この子は持っている頭がいいんだな」と思える子がいます。教えるとすぐ覚えるし、なかなか忘れない。そして応用力を発揮できる。大して時間をかけて勉強しなくても普通以上の成績がとれる。がんばればさらに上に行けます。

ごく普通の子たちは、勉強すればできるし、しなければできない。この子たちの成績をを左右するのは、勉強の習慣をつけさせることができるかということ。やればできるようになるからです。

そして何回教えてもなかなかできるようにならない子もいます。まず基本事項を理解するのに、かなり時間がかかる。応用問題に進めない。でも進歩がないということではないです。少しずつにですが進んでいきます。地道に日々勉強を継続するしかありません。大切なことは、毎日必ず勉強すること。たとえば夏休みに1週間ほど家族旅行に行っていたら、すっかり覚えたことを忘れてしまった、ということになります。その間も少し復習するようにさせなくてはいけません。

それぞれの能力に応じて、最大限の効果をあげるように指導をすることは、難しいです。しかしまさに腕の見せ所ですね。

またどんな子たちでも、共通することは「志」を持てるようにすること。自分を高めようという気持ちが大事です。これは勉強だけでなく、人生に必要なことです。

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